無形資産とは?種類・会計処理・企業分析での見方を解説
無形資産の意味を、特許・ソフトウェア・顧客関係・ブランドの例から解説。日本基準とIFRS、自己創設とM&A取得、償却・減損、決算書に表れない価値の見方まで整理します。
目次12項目
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無形資産とは、建物や機械のような物理的な形を持たない一方、会社が支配し、将来の収益や費用削減に役立つ資産です。特許権、商標権、ソフトウェア、ライセンス、顧客関係などが代表例ですが、会社のブランド力や人材力がそのまま全額、貸借対照表へ載るわけではありません。
無形資産を読む難しさは、経済的に価値があることと会計上の資産として認識されることが同じではない点にあります。自社で長年育てたブランドは帳簿にほとんど表れない一方、M&Aで取得したブランドや顧客関係は資産計上されることがあります。金額の大小だけで良し悪しを決めず、何を、どの経緯で、いくら計上し、将来どう回収するのかを確認する必要があります。
| 最初に押さえる点 | 内容 |
|---|---|
| 代表例 | 特許権、商標権、ソフトウェア、ライセンス、顧客関係、技術、データベース |
| 主な発生経路 | 個別購入、自社開発、M&Aによる取得 |
| 重要な違い | 自社で育てた価値と、会計上認識された資産は一致しない |
| 損益への影響 | 支出時の費用、資産計上後の償却、回収困難時の減損 |
| 分析の要点 | 残高だけでなく、取得経緯、耐用年数、追加投資、収益KPIを追う |
貸借対照表・損益計算書・キャッシュフロー計算書の位置関係がまだ曖昧な場合は、先に決算書の読み方を確認すると、本記事の仕訳と数値例を追いやすくなります。
無形資産とは?「形がない」だけでは決まらない
無形資産は、単に目で見えないものを集めた名称ではありません。会計上は、会社がその資源を支配し、将来の経済的便益が会社へ流入すると見込まれ、取得原価などを信頼性をもって測定できるかが重要です。IFRSのIAS第38号では、識別可能で物理的実体のない非貨幣性資産という考え方を採ります。
「識別可能」とは、会社全体の評判や従業員の努力と漠然と一体化しているのではなく、次のいずれかを満たすことです。
- 会社や他の資産から分離し、売却、移転、ライセンス供与などができる
- 特許権や契約上の権利など、法律・契約から生じている
たとえば、他社へライセンスできる特許、個別に譲渡できるソフトウェア、契約に基づく放映権は識別しやすい資産です。反対に、熟練社員が持つ技能は会社の競争力へ貢献していても、社員は退職でき、会社がその能力を資産のように完全には支配できません。通常は従業員そのものを会計上の資産にはしません。
「無形資産」「無形固定資産」「知的財産」は範囲が違う
似た言葉を分けると理解しやすくなります。
| 用語 | 主な意味 | 例 |
|---|---|---|
| 無形資産 | 形のない経済的資源を広く捉える言葉 | 技術、ブランド、顧客基盤、ソフトウェア |
| 無形固定資産 | 貸借対照表の固定資産として認識された無形の資産 | ソフトウェア、特許権、商標権、借地権 |
| 知的財産権 | 法律で保護される権利 | 特許権、商標権、意匠権、著作権 |
| 知的資産 | 企業価値の源泉をさらに広く捉える経営上の概念 | 人材、組織力、ノウハウ、顧客ネットワーク |
経済産業省は知的資産を、人材、技術、組織力、顧客とのネットワーク、ブランドなどを含む広い概念として説明しています。したがって「この会社には強い無形の競争力がある」と「貸借対照表の無形固定資産が大きい」は別の話です。
ここからは無形資産の種類を事業の仕組みから整理します。名称だけ暗記するより、「何によって売上を守り、費用を減らし、他社との差を作るのか」で分類すると企業分析へつながります。
技術に関する資産
特許権、特許で保護されていない技術、製造ノウハウ、処方、設計情報、データベース、ソフトウェアなどです。医薬品会社なら特許と承認に支えられた製品、製造業なら独自工程、IT企業ならプログラムやアルゴリズムが収益源になり得ます。
ただし、特許件数が多いだけで利益が増えるとは限りません。事業で使われているか、競合の回避が難しいか、残存期間は十分か、製品売上と結び付いているかを確認します。使われない特許を大量に保有していても、維持費だけが発生する場合があります。
マーケティングに関する資産
商標、ブランド名、ドメイン名、商品デザインなどです。ブランドは価格決定力、指名買い、顧客獲得費用、販売チャネルとの交渉力へ影響します。しかし、自社で積み上げたブランド価値は、広告費や人件費が通常その期の費用となるため、貸借対照表へ大きく表れないことがあります。
顧客・契約に関する資産
顧客リスト、顧客との契約・関係、受注残、ライセンス契約、フランチャイズ契約、供給契約などです。継続課金型の事業では、契約更新率、解約率、顧客単価が将来キャッシュフローを左右します。M&Aでは顧客関係をのれんから分けて評価することがあります。
コンテンツ・権利に関する資産
映画、音楽、出版物、ゲーム、放映権、著作権、営業権などです。権利期間、地域、媒体、独占性によって価値が変わります。同じ作品でも、国内配信権だけか世界での二次利用権まで含むかで回収可能な金額は異なります。
経営上は重要でも帳簿に載りにくい資源
企業文化、従業員の技能、取引先との信頼、組織の実行力、内部で蓄積したデータの一部などは、競争力の源泉でも会計上の認識要件を満たさないことがあります。投資家は財務諸表だけでなく、統合報告書、知的財産・研究開発の説明、人材指標、顧客KPIも使って補います。
取得・自社開発・M&Aで会計処理が変わる
同じソフトウェアやブランドでも、どのように得たかで帳簿への表れ方が変わります。この違いは、会社間比較をゆがめる大きな要因です。
個別に購入した場合
第三者から特許権やソフトウェアを購入し、認識要件を満たす場合は、購入代金と直接付随費用を取得原価として資産計上するのが基本です。使用できる状態にするための設定費用なども、内容によって取得原価へ含めます。
たとえば、業務システムを2億円で購入し、導入設定と必要な改修へ5,000万円を支出したとします。将来の収益獲得または費用削減が確実と認められ、設定・改修がシステムを利用可能にするため必要なら、単純化した取得原価は2億5,000万円です。社員研修や稼働後の保守は通常、別途費用となります。
自社で作った場合
自社開発は、日々の運営費、失敗するかもしれない研究、将来利益を生む資産の制作費が混ざるため、線引きが難しくなります。日本基準では研究開発費はすべて発生時に費用処理します。一方、研究開発費に該当しない市場販売目的・自社利用のソフトウェアは、要件を満たす制作費を無形固定資産へ計上します。
IFRSでは研究段階の支出を費用処理し、開発段階で技術的実現可能性、完成・使用または販売する意図と能力、将来便益、必要資源、支出の信頼性ある測定などの要件をすべて立証できる時点以降を資産計上します。日本基準とIFRSでは線引きが同じではありません。
M&Aで取得した場合
会社や事業を買収すると、取得対価を、現金、債権、設備などの識別可能資産と負債へ時価を基礎に配分します。日本基準の企業結合適用指針は、法律上の権利や、企業・事業から独立して売買でき合理的な価格を算定できる無形資産への取得原価配分を定めています。ソフトウェア、顧客リスト、非特許技術、データベース、仕掛中の研究開発などが例示されています。
配分後も残る取得対価が、原則としてのれんです。つまり「買収価格-純資産=すべてのれん」ではなく、まず識別可能な無形資産を分ける必要があります。詳しい流れは次のとおりです。
- 買収対価を確定する
- 取得した識別可能な資産と引き受けた負債を洗い出す
- 特許、ブランド、顧客関係などの時価を見積もる
- 対応する繰延税金も含めて取得原価を配分する
- 残額をのれんとして認識する
この手続きをPPA(Purchase Price Allocation、取得原価の配分)と呼びます。無形資産を多く識別すると、その後の償却費が増える場合があり、のれんの金額も変わります。買収年度の注記は、買った事業だけでなく、配分された無形資産の種類、金額、償却期間まで確認します。
日本基準とIFRSで特に違う三つの論点
上場会社には日本基準、IFRS、米国基準などを採用する会社があるため、無形資産残高や利益率をそのまま横並びにできません。まず会計基準を確認します。
| 論点 | 日本基準の主な考え方 | IFRSの主な考え方 |
|---|---|---|
| 研究開発費 | 原則として発生時に全額費用処理 | 研究は費用、要件を満たす開発は資産計上 |
| 自社利用ソフトウェア | 将来の収益獲得・費用削減が確実なら資産計上 | IAS第38号の認識要件に従って資産計上 |
| 耐用年数が確定できない無形資産 | 個別基準・実態に基づく処理を確認 | 償却せず、少なくとも毎年減損テスト |
日本基準は無形資産全体の単一基準ではない
企業会計基準委員会は、日本には無形資産全体を包括する単一の会計基準がなく、企業会計原則、研究開発費・ソフトウェア、企業結合、固定資産の減損などに個別の定めがあると説明しています。そのため「日本基準では無形資産をすべて同じ方法で処理する」と考えず、資産の種類と発生経路に対応する基準をたどります。
IFRSでも何でも資産にできるわけではない
IFRSは開発費を資産計上する場合がありますが、研究支出は費用です。内部で作ったブランド、新聞・雑誌の題号、顧客リストなども、通常は資産認識しません。将来価値を主張するだけでは足りず、厳しい認識要件と支出の測定が必要です。
比較では費用化と資産化を組み替える
同額の開発投資をしても、全額費用にした会社は当期利益と資産が小さくなり、資産計上した会社は当期利益と資産が大きくなります。その後は資産計上会社に償却費が発生します。営業利益率、ROA、ROICを比較するときは、開発費の資産計上額、償却費、残高の増減を注記から確認します。
日本基準とIFRSの違いを踏まえ、ソフトウェアと研究開発費の境界も確認します。デジタル投資が増えた会社では「無形固定資産の増加=成長投資」と単純化できません。何を作り、どこまで完成し、保守・改修と新機能開発をどう分けたかが重要です。
自社利用ソフトウェア
日本基準では、その利用によって将来の収益獲得または費用削減が確実と認められる自社利用ソフトウェアの制作費を資産計上します。販売管理システムで人手作業を減らす、顧客向けサービス基盤から利用料を得る、といった便益と対応付けます。
企画段階の調査、教育訓練、データ移行、通常の保守などは、内容に応じて当期費用となります。すべてのDX支出がソフトウェア資産になるわけではありません。SaaS利用料のように他社サービスへアクセスするだけの契約は、自社がソフトウェア自体を支配しているかを別途検討します。
市場販売目的ソフトウェア
顧客へ販売する製品マスターは、研究開発終了後の制作費を資産計上し、見込販売数量や見込販売収益に基づく合理的な方法などで償却します。売れ行きが計画を下回れば、未償却残高を回収できるか見直します。
研究開発費
日本基準の研究開発費には、人件費、材料費、研究設備の減価償却費、配賦された間接費など、研究開発のために費消した原価が含まれ、総額を注記します。投資家にとっては、貸借対照表へ載らない重要投資を把握する手掛かりです。
研究開発費が売上高に対して高い会社を、直ちに非効率とは判断できません。医薬品、半導体、素材などは成果まで長期間かかり、失敗案件も含めたポートフォリオで競争力を作ります。研究テーマ数だけでなく、開発段階、上市・量産までの期間、共同開発、撤退基準、過去の成果率を読みます。
償却は無形資産の原価を利用期間へ配る処理
資産計上すると支出が消えるわけではありません。利用可能になった後、将来便益を受ける期間へ原価を配分します。無形資産ではこの費用配分を償却と呼びます。
取得原価3億円、残存価額ゼロ、耐用年数5年、定額法という単純なソフトウェアなら、年間償却費は6,000万円です。
3億円÷5年=年間6,000万円
取得時に現金3億円が流出しても、損益計算書では5年間に分けて費用化されます。営業キャッシュフロー計算の間接法では、償却費は非現金費用として利益へ足し戻されます。一方、ソフトウェア取得支出は通常、投資キャッシュフローに表れます。
耐用年数は法律上の期間だけで決まらない
特許権には法的な保護期間がありますが、製品の陳腐化が早ければ経済的に使える期間はそれより短いかもしれません。ソフトウェアも契約期間、更新予定、技術変化、競合製品、保守可能性などから利用期間を見積もります。
耐用年数が短いほど毎年の償却費は大きく、帳簿価額は早く減ります。長く見積もれば当期利益は高くなりやすい一方、将来の減損リスクが残ります。同業比較では、無形資産の種類別の耐用年数と償却方法を注記で確認します。
償却費を一律に除外しない
会社が調整後利益で無形資産償却費を除くことがあります。M&Aの取得原価配分で生じた顧客関係資産の償却を、買収後事業の現金創出力を見る目的で除外する考え方には一定の意味があります。ただし、顧客関係は時間とともに弱まり、維持には営業・広告・サービス投資が必要です。償却費を完全に無視すると、買収対価や再投資の負担を過小評価します。
減損は回収できない帳簿価額を切り下げる処理
償却中でも、当初見込んだ収益を回収できなくなれば減損が問題になります。日本基準の固定資産減損会計は無形固定資産も対象とし、収益性低下によって投資額の回収が見込めない場合、一定の条件で帳簿価額を減額します。
主な兆候には、資産を使う事業の継続的な赤字・キャッシュフロー悪化、事業の廃止・再編、著しい市場環境悪化、資産価値の大幅下落などがあります。ソフトウェアなら、サービス終了、利用者減少、技術陳腐化、開発中止、想定した費用削減の未達が手掛かりです。
帳簿価額10億円の顧客関係資産について、回収可能な金額が6億円まで低下したと判断する単純例では、4億円の減損損失を認識します。
帳簿価額10億円-回収可能額6億円=減損損失4億円
減損はその期の利益と資産を減らしますが、支出した現金がその期にもう一度4億円出ていくわけではありません。現金は取得・開発時に流出済みです。減損年度だけでなく、投資時点からの累積キャッシュフローで失敗の大きさを評価します。
IFRSの耐用年数が確定できない資産
IFRSでは、耐用年数を確定できない無形資産は定期償却せず、毎年および減損の兆候があるときに減損テストをします。まだ使用可能でない無形資産も毎年のテスト対象です。償却費がないから負担がないのではなく、将来キャッシュフロー、成長率、割引率の見積もりに評価が集中します。
減損の翌年は帳簿価額が小さくなるため、ROAやROICが機械的に上がることがあります。利益率改善と誤認せず、減損前の投資額、当初計画、現在の売上・顧客KPIを比較します。減配リスクの見抜き方で解説しているように、非現金損失でも財務制限条項、自己資本、配当方針へ波及する可能性があります。
次に数字例で三表への影響をつなぎます。自社利用ソフトウェアを期首に3億円で取得し、耐用年数5年、残存価額ゼロ、定額法で償却する単純例を使います。税金、消費税、借入は省略します。
| 時点・項目 | 損益計算書 | 貸借対照表 | キャッシュフロー |
|---|---|---|---|
| 取得時 | 原則として直ちに3億円全額を費用にしない | ソフトウェア3億円を計上 | 投資CFで3億円流出 |
| 1年目末 | 償却費6,000万円 | 帳簿価額2億4,000万円 | 償却費は営業CFで足し戻し |
| 2年目末 | 償却費6,000万円 | 帳簿価額1億8,000万円 | 追加取得がなければ取得支出なし |
1年目の営業利益は償却費6,000万円だけ小さくなりますが、フリーキャッシュフローでは取得時の3億円支出を無視できません。「償却費は非現金だから除外」とだけ考えると、ソフトウェアを維持・更新するための実際の投資を見落とします。
費用処理した会社との比較
同じ3億円を当期費用にした会社は、取得年の利益が3億円減り、その後の償却費はありません。資産計上した会社は取得年の費用が6,000万円で、残りを将来へ繰り延べます。5年間の総費用は同じでも、年度ごとの利益と資産が違います。
| 指標 | 取得年に費用処理 | 5年で資産・償却 |
|---|---|---|
| 取得年の利益 | 小さくなりやすい | 大きくなりやすい |
| 取得年末の総資産 | 増えない | 未償却残高だけ増える |
| 翌年以降の利益 | 償却負担なし | 毎年償却費が発生 |
| 営業CF | 支出区分で見え方が変わり得る | 償却費は非現金項目として調整 |
| 5年間の費用総額 | 原則3億円 | 原則3億円 |
PER、EPS、ROAなどの基本はROE・EPS・PER・PBRの見方で確認できます。無形資産の会計方針が違う会社を比べるときは、単年度のEPSだけでなく、営業CFから資産取得額を引いたキャッシュ創出力も併記します。
M&Aの無形資産は買収価格と将来利益をつなぐ
M&A後に「顧客関連資産」「商標権」「技術資産」などが急増した場合、それは買収先が以前から自社の帳簿に載せていた資産とは限りません。買い手が取得日時点の時価を評価し、PPAで新たに認識した可能性があります。
評価方法は将来の仮定に依存する
無形資産の時価には市場で直接観察できる価格がないことが多く、一般に次の考え方を使います。
- インカム・アプローチ:資産が生む将来キャッシュフローを現在価値へ割り引く
- ロイヤルティ免除法:ブランドや技術を外部から借りた場合の仮想ロイヤルティを基礎にする
- 超過収益法:顧客関係などから得る利益から、他の必要資産への対価を引く
- コスト・アプローチ:同等の資産を再調達・再制作する費用を基礎にする
評価額は、売上成長率、解約率、利益率、ロイヤルティ率、残存年数、割引率に左右されます。精密な計算書でも、前提が楽観的なら価値は高くなります。監査報告書のKAM、企業結合注記、会計上の見積りに関する注記から、不確実性が高い項目を探します。
償却が利益へ与える影響
顧客関係50億円を10年で定額償却する単純例なら、年間償却費は5億円です。買収先の営業利益が15億円でも、連結損益では無形資産償却後に10億円となる場合があります。会社が「買収関連償却前利益」を示すなら、次を分けて見ます。
- 買収先事業が生む償却前の利益
- PPAで生じた無形資産の償却費
- 顧客維持、製品更新、広告のための継続支出
- 買収対価全体に対する税引後キャッシュリターン
償却前利益は事業運営の比較に役立ちますが、買収価格の妥当性を評価するには取得対価を分母から外しません。高い価格で買った事実は、会計上の償却を調整しても消えないためです。
貸借対照表に載らない無形価値をどう分析するか
会計上の無形資産残高が小さい会社でも、強いブランド、技術、人材、データ、顧客網を持つことがあります。反対に、無形資産残高が大きくても、買収価格が高かっただけで競争力が強いとは限りません。
経済産業省・特許庁は、知財・無形資産を経営戦略、事業モデル、投資、KPI、企業価値へつなぐ開示と投資家との対話を重視しています。投資家も資産額を独自に一点推計するより、価値創造の因果関係を検証する方が実践的です。
| 価値の源泉 | 貸借対照表外も含む確認指標 | 注意点 |
|---|---|---|
| 技術・研究開発 | 研究開発費、特許の活用、開発段階、製品化率 | 件数だけで質を決めない |
| ソフトウェア・データ | 継続利用率、自動化効果、障害、更新投資 | 資産残高だけでは陳腐化を測れない |
| ブランド | 単価、粗利率、リピート、値上げ後の数量 | 広告増加だけで強さと決めない |
| 顧客関係 | 解約率、継続率、顧客単価、獲得費用 | 買収時評価と実績を比べる |
| 人材・組織 | 離職、採用、技能、開発速度、安全・品質 | 人数の多さだけで判断しない |
投資額と成果を時間軸でつなぐ
無形投資は支出と成果の間に時間差があります。研究開発費を増やした翌年に必ず売上が伸びるわけではありません。次のような年表を作ります。
- 投資を始めた時期と累計支出
- 試作、承認、サービス開始などの節目
- 顧客獲得、量産、更新率などの先行KPI
- 売上・粗利・営業CFへ表れる時期
- 未達時の追加投資と撤退基準
投資直後に利益率が下がっても、将来価値を作る合理的な支出かもしれません。一方、「成長投資」という名称だけで、回収計画のない支出を正当化してはいけません。会社が過去に示した目標と実績を追い、説明が毎年先送りされていないか確認します。
企業分析で確認する12項目
有価証券報告書、決算短信、統合報告書を開いたら、次の順番で確認します。金額だけを先に見るより、認識・測定・回収の流れを追う方が誤解を減らせます。
- 採用会計基準:日本基準、IFRS、米国基準のどれか
- 資産の内訳:ソフトウェア、顧客関連、商標、技術、のれんを分ける
- 発生経路:個別購入、自社開発、M&Aのどれで増えたか
- 当期増加額:取得、内部開発、企業結合、為替換算の影響を分ける
- 償却方法と耐用年数:同業より著しく長くないか
- 研究開発費:費用処理額と資産計上額を合わせて投資規模を見る
- キャッシュ支出:無形資産取得額と継続的な更新投資を確認する
- 減損:兆候、資産グループ、将来CF、割引率、成長率を読む
- M&AのPPA:識別資産、のれん、償却費、取得対価を確認する
- 事業KPI:顧客維持、単価、利用者、特許活用などとつなぐ
- 資本効率:減損後の分母縮小や会計方針差を調整する
- 経営者の説明:投資目的、成果、未達、撤退判断が一貫しているか
危険信号になりやすい組み合わせ
次の一つだけで問題とは断定できませんが、複数が同時に起きたら注記を深掘りします。
- 無形資産の増加が売上・営業CFの伸びを長期間上回る
- ソフトウェア仮勘定や開発中資産が増え続け、利用開始へ移らない
- 耐用年数を長くし、当期の償却費が小さくなっている
- M&A直後から顧客数、解約率、受注が計画を下回る
- 調整後利益で毎年、無形資産償却や開発費を除外する
- 減損後にROA・ROICだけが改善し、売上・キャッシュフローは回復しない
- 研究開発テーマやDX投資の成果KPIが開示されず、計画だけが更新される
無形資産を使った投資判断の注意点
無形資産は将来利益の源泉になり得ますが、貸借対照表残高から株価の方向を直接予測する指標ではありません。市場は、成長期待、失敗確率、競争、金利、現在の株価へ織り込まれた期待をまとめて評価します。
残高が大きいほど良いとは限らない
無形資産が大きい理由は、積極的なソフトウェア投資、価値ある特許の取得、大型M&A、高い買収価格などさまざまです。将来キャッシュフローを増やす資産なら価値がありますが、回収できなければ償却・減損負担になります。
残高が小さいほど安全とも限らない
研究開発やブランド投資を費用処理する会社は帳簿上の無形資産が小さくなります。強い経済的資産が隠れている場合もあれば、必要投資を怠って競争力が落ちている場合もあります。研究開発費、人材、広告、顧客KPIの推移を補います。
会計調整だけで競争力は測れない
開発費を仮に資産化してROICを組み替える方法は、企業間比較に役立つことがあります。しかし、何年で償却するか、失敗案件をどう扱うかに分析者の仮定が入ります。調整前後を併記し、結論が仮定に依存していないか感応度を確認します。
最終的には「その無形資産が、顧客に選ばれる理由と継続的な現金収入を作っているか」を見ます。特許数、資産額、研究開発費率など一つの数字に答えを求めず、事業の仕組みと複数年の実績をつなぎます。
まとめ
- 無形資産は、物理的な形がなくても会社が支配し、将来便益を生む識別可能な資源です
- 特許、ソフトウェア、商標、顧客関係などが代表例ですが、人材や自社ブランドの価値がすべて帳簿に載るわけではありません
- 購入、自社開発、M&Aでは認識方法が異なり、日本基準とIFRSにも研究開発費などの差があります
- 資産計上後は償却や減損が利益へ影響し、現金支出の時期とはずれます
- M&Aでは識別可能な無形資産を評価してから、残額をのれんとして認識します
- 企業分析では残高の大小ではなく、取得経緯、耐用年数、キャッシュ支出、減損前提、事業KPIをつなぎます
- 貸借対照表に載らない価値は、統合報告書や研究開発・顧客・人材の指標で補います
よくある質問
Q. 無形資産とは何ですか?
物理的な形を持たず、会社が支配し、将来の収益獲得や費用削減に役立つ資産です。特許権、商標権、ソフトウェア、ライセンス、顧客関係などが代表例ですが、経済的な価値のすべてが会計上の資産になるわけではありません。
Q. 無形資産と知的財産の違いは何ですか?
知的財産権は特許権、商標権、著作権など法律で保護される権利が中心です。無形資産はソフトウェアや顧客関係なども含む会計・経済上の広い概念で、知的資産はさらに人材、組織力、顧客ネットワークまで含めて使われます。
Q. 自社で作ったブランドは無形資産になりますか?
経済的には重要な無形価値ですが、自社で作ったブランドにかかった広告費や人件費は、通常その期の費用となり、ブランド価値をまとめて資産計上しません。M&Aで取得した識別可能なブランドは、取得日時点の評価により別個の無形資産として認識される場合があります。
Q. 無形資産が多い会社は危険ですか?
一概には言えません。成長に必要なソフトウェアや価値ある技術を保有している場合も、大型M&Aの取得原価が残っている場合もあります。内訳、取得経緯、償却期間、事業のキャッシュフロー、減損の前提を合わせて確認してください。
Q. 無形資産の償却費は企業分析で除外してよいですか?
事業の償却前キャッシュ創出力を見る補助分析として除外することはありますが、常に無視するのは危険です。買収対価や顧客・技術を維持する追加投資は実際の負担なので、報告利益、償却前利益、フリーキャッシュフローを併記して判断します。
参考リンク(出典)
- 企業会計基準委員会「研究開発費等に係る会計基準」
- 企業会計基準委員会「研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針」
- 企業会計基準委員会「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針」
- 企業会計基準委員会「固定資産の減損に係る会計基準」
- 企業会計基準委員会「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針」
- 企業会計基準委員会「無形資産に関する論点の整理」の公表
- IFRS Foundation「IAS 38 Intangible Assets」
- IFRS Foundation「IAS 36 Impairment of Assets」
- IFRS Foundation「IFRS 3 Business Combinations」
- 経済産業省「知的資産経営の開示ガイドライン」
- 経済産業省・特許庁「企業成長の道筋―投資家との対話の質を高める知財・無形資産の開示」
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